国内ホテルのマーケティング構造を考える
国内ホテルにおいて、マーケティングの機能が不十分であるという議論を聞くことがありますので、その構造を整理してみました。ここでは、議論を単純化する為にブランドがあるチェーンホテルの宿泊部門に限定して考えています。
まず、マーケティングの機能について必要最小限のものを整理してみたいと思います。
- Targeting / ターゲティング
- 自社の強みを活かせたり、競合がいないマーケットセグメント(市場を消費者の特性によって細分化したもの)を選ぶ事
- Positioning / ポジショニング
- ターゲティングで選んだセグメントに対して、競合より有利な立場(ポジション)を保てるようにベネフィット(お客様にとって自社の何が得なのか)を宣言する事
- Marketing Mix / マーケティングミックス
- ターゲティングで選ばれたセグメントに対して、望ましい反応を引き出すためにツールを組み合わせること。
- マーケティングミックスには4Pと4Cが提唱されていますが、ここでは普及度の高い4Pを使用します。
- Products / 製品
- Price / 価格
- Place / 流通経路
- Promotion / 広告宣伝
- Branding / ブランディング
- お客様が何かを選ぼうとする時に、細かな情報よりも『ブランドのイメージ』から容易に選択できるように、情報を整理して届ける一連のプロセス
では、これらのマーケティングの機能がどの様な構造で運用されているのかを考えてみましょう。ホテルのマーケティング機能の構造を理解する鍵は、「大きな視点」と「小さな視点」を切り替える事です。
大きな視点とは、「企業が提供している商品が『ホテルそのもの』である」というものです。
小さな視点とは、「ホテルが提供している商品が『各種の宿泊プラン』である」というものです。
大きな視点では、商品を提供する主体は「企業」であって、オペレーター(運営会社)とは限定しないのがポイントです。
オーナーの視点で考えてみれば分かりやすく、オーナーにとって商品とは、ホテルという建物やそこに付随するブランド(≒オペレーターの選択)だったりします。
オーナーにとってのマーケティングは、概ね下記の用に整理できるのではないでしょうか。
- Targeting: 大きな視点で「富裕層向け(ラグジュアリーホテル)」「出張者向け(ビジネスホテル)」等
- Positioning: 主にハード面から設定される。立地やハードの内容など
- Marketing Mix
- Product: 主にハード面から設定される。客室+ブランドイメージと考えると分かりやすい
- Price: 主にラックレート水準と考えると分かりやすい
- Mix/Place: 一般的経路+ブランドが用意するもの
- Mix/Promotion:主にブランドが用意する
- Branding: ブランドとしてのオペレーターを選ぶ事とほぼ一致
つまりオーナーにとってのマーケティングとは、(細かなケースのずれはあるにしても)自社の資産=土地をホテルとして消費者に提供するにあたり、主に立地特性から Targeting & Positioning を行い、オペレーターを選ぶ事だと言えそうです。
次に小さな視点 =オペレーター から考えてみましょう。
- Targeting: 大きな視点で捉えられたものから細分化して設定する。
- Positioning: ハード面、ブランド面から制約を受ける
- Marketing Mix
- Product: 客室+付加価値(パッケージ商品や宿泊プラン)
- Price: ラックレートに制約を受けて設定される
- Place: (AGTとの契約など)個別機能的に検討される
- Mix/Promotion:ブランド面から制約を受ける
- Branding: オペレーターブランドの価値として戦略的に検討される
この様に考えると、オーナーのマーケティングの成果物の中で、制限を受けながら検討する必要が出てきているのが分かります。
一度ホテルが建てられると、建築前に想定されたターゲットに合わせて客室などの施設が作られます。
これは大きな制約条件です。
極端に言えば、好立地にビジネスホテルのスペックでホテルを作ってしまえば、そこにラグジュアリーホテルの客層が見込まれるからといって、ラグジュアリーマーケットにターゲットを変更する事が出来ない、という事です。
ブランド=チェーン本部(HQ)とホテルプロパティ(PTY:それぞれのホテル)に分けて考えてみましょう。
Brandingの機能をHQが持っていますので、Marketing Mix はPTY側で検討できるとはいえ、ブランドの制約を受ける事になります。
ブランド価値を高める為のBrandingは、PTYにとっては「制約事項」として捉えられる事が多いものです。
Brandingの基本は、顧客に対して継続的に同じ価値を伝え続ける事だと言えますが、その為にはイメージの統一が必要です。それは客室のデザインから会員プログラムの特典内容、顧客に対しての文章の書き方など多岐に及びます。
つまり、我々が普段ホテルとして表現するプロパティレベルのオペレーターは、ハードとブランドの制約を受けた中で、非常に限定されたマーケティング活動を行う事になるのです。
更に、これまで大きな影響力を持っていた旅行代理店(AGT)についても整理してみましょう。
- Targeting: AGTによる
- Positioning: AGTによる
- Marketing Mix
- Product: 客室+付加価値(交通手段など。付加価値はAGTが設定する)
- Price: ホテル側の提示+AGTの設定(パッケージ化による価格設定など)
- Place: AGTによる
- Mix/Promotion:AGTによる
- Branding: AGTによる
AGTのマーケティング機能のうち、ホテル側が主導権を持てるのは「商品の一部」である客室部分と価格の一部(AGT側にとっては仕入れ原価に相当する)という事になります。
つまりAGTの比率が高いホテルにとって、ホテル側が行うべきマーケティングは、主に
□ Products: 建設時点でスペックが決まる客室
□ Price: 販売価格
の2つになってしまいます。
そしてそれは、PTYレベルでは Price だけ、という事なのです。
この様に整理すると、ホテルのマーケティングについて議論する時に、どのレベルについて議論しているかを明確にする必要がある事が分かります。
特に、全てのマーケティング活動を行っている一般企業との比較の際には要注意でしょう。